【1面】 労働相談の現場から①・・・2号連載
【2面】 自治労 熊本地震支援活動への参加報告
【1面】
労働相談の現場から①
今回の執筆者 マラソンでススムくんこと小川副執行委員長。次号まで続きます。
働く環境づくり 自治体の重要政策
労働組合の組織率低下は問題
私たちの生活の基本は「働くこと」です。労働の対価である賃金を得ることで、安定した豊かな生活を送ることを可能としています。自治体は、住民が安心して働く環境をつくることに努めなければなりません。大阪府では商工労働部の総合労働事務所で、誰もが安心して生き生きと働くことができるよう、労働関連のさまざまな施策を実施しています。労働相談や大阪府の施策、また、自治労府職など労働組合の取り組みを「労働相談の現場から」と題して、今号と次号に分けて報告します。労働問題の解決に向けた一考となれば幸いです。
個別紛争の増加と大阪府の取り組み
長らく、日本の労使関係は、労働組合と使用者の集団的労使関係を想定して発展してきました。
しかし、労働組合の推定組織率は2000年代初頭に20%を割り込んだ後、減少の一途をたどり、現在は17%台(大阪府は18.3%)にとどまっています。また、組合員の多数を占めるのは、大企業の正規労働者です。
連合や各産別などは、中小企業や非正規労働者の組織化を重点課題に掲げ、飛躍的に組合員数を増やしているとは言え、まだまだ労働組合による保護を得られていない状況にあります。
さらに「多様な働き方」の名の下、非正規労働者は全労働者の4割を占めるほど激増し、労働問題の個別化が進んできました。
こうしたなか、自治体でも個別労働問題への対応が迫られ、各都道府県の労政行政部門や労働委員会では、個別労使紛争の労働相談とあっせん等による紛争解決システムが整備されてきました。また、国でも2001年に制定された個別労働紛争解決促進法に基づき、相談窓口やあっせん制度が設けられました。
大阪府では1956年に労務相談業務として開始し1989年から「解決型労働相談」を実施。2002年には労働委員会と連携した「大阪版個別労使紛争解決支援システム」をスタートさせました。
労働相談は、単なる法的知識の付与や他機関の案内のみではなく、個々の相談者が置かれた状況や意向を聴き取りながら、具体的な解決策の選択肢を提示することに意義があります。
個別労使紛争解決支援制度は、労働相談を経ても自主的な解決が困難な場合、大阪府が行政機関として公正・中立な立場で「調整」に入り、当事者間の利害や主張、争点を整理することで、問題解決の支援を可能としています。
さらに、必要に応じて労働委員会の「あっせん」と連携して、公益委員・労働者委員・使用者委員の三者構成による解決を図ることもできる制度となっています。
1万件超える労働相談
契約社員は昨年度の2倍に
大阪府の労働相談は、大阪市内のエルおおさか内にある総合労働事務所と堺市内の南大阪センターで実施しています。相談件数は、1998年以降1万件を超えて推移し、2015年度は1万2365件もの相談がありました。
その内訳を就労状況別に見ると、正社員からの相談件数は前年より増加したものの(5730件)、構成比は2.6ポイント減少しました(46.3%)。一方、非正規労働者からの相談は件数も増加(4430件)、構成比も3.8ポイント増加しました(35.8%)。そのうち特に契約社員からの相談件数は、前年度の約2倍となっています(1910件/15.4%)。
内容別に見ると、「労働契約」に関する相談が最も多く(1396件/11.3%)、次いで、「解雇・退職勧奨」(1228件/9.9%)、「職場のいじめ」(988件/8.0%)の順となっています。
2015年度の特徴としては、近年「解雇・退職勧奨」に関する相談が最上位項目であったところ、「労働契約」に関する相談が最上位項目になったことがあげられます。また、相談件数が約2倍に増えた契約社員では「労働契約」、「解雇・退職勧奨」の相談件数が3割以上を占め、契約社員の雇用の不安定さを示す結果となっています。
◆◆◆次号では、ブラック企業の状況や労働教育の必要性、労働組合の取り組みなどを報告します。

【2面】
自治労 熊本地震支援活動報告
大災害に負けない支え合い
熊本地震・自治労ボランティア支援活動に、6月12日から19日の班で参加した。初日、熊本市内で前班との引き継ぎを終え、被害が大きかった益城町を通って宿舎のある阿蘇市へと向かった。益城町では倒壊家屋が2カ月たっても多く残り、道中ではブルーシートで屋根を覆った家屋が軒並み目に入った。阿蘇市に入ると、山は至る所でがけ崩れが発生した跡があり、大規模な被災の状況に絶句した。
災害廃棄物最終処分には分別が大事
13日から担当したのは、西原村の災害廃棄物仮置場での搬入作業補助だった。梅雨に入り雨天で搬入中止となる日もあったが、村の職員の皆さんをはじめ、高齢の方もいる臨時職員の皆さん、地元シルバー人材センターの皆さんが、自身も被災者にも関わらず、明るくテキパキと村民の方々を誘導し、荷降ろしを手伝っておられ、私たちも少しでもお役に立てばと作業にも力が入った。
現場で実感したことは、私たちの暮らしはますます便利になっているが、廃棄物として処理する際、分別が難しく手間のかかるものが多いということ。家具やふすまなどは取っ手の金属や貼り紙を剥がす、アルミサッシはガラスと金属に。家電にしてもプラスチックと電気系統、傘も金属と布・ビニールに、ハンガーは全体がプラスチックと思いきや引っかける部分のみ金属の物も。家屋の柱や木材は細い粉砕が必要とのことで、日頃の生活では気にならないことだった。
最終処分に係る費用は当然、分別がきっちりしていれば安価となり、村役場の今後の経費負担減となる。西原村では搬入開始時から分別を細かくされたそうだが、それでも村民の皆さんや家屋の解体請負業者への周知、徹底が被災後の混乱のなかでの課題だ。
まだまだ支援の継続が必要と実感
6月15日は非番となったので、被災現場を確認するためレンタカーを借りて、阿蘇市から益城町へ向かった。被災から2カ月が経っていたが、被災直後に報道されていた倒壊家屋の多くが、いまだそのままの状況で地震発生時の恐怖はいかばかりだったかと
行政補助による家屋解体等が6月20日頃以降には順次、行われていくとのことだったが、いつ治まるとも知れない余震や、大雨などによる二次災害も危惧されるなか、復興に向けた着実な取り組みが求められる。被災地への支援は今後もますます重要だと感じた。1人ひとりができる範囲のことで、東日本大震災の被災地への支援も含めて、復興に向けた貢献が少しでもできればと思う。
被災地に寄り添う支援を心がけ
初日の引継式では、自治労本部からこう告げられた。「被災地の職員の皆さんを少しでも休ませてあげられるよう、そっと寄り添う気遣いを持ってほしい」と。もし、現場で何もすることが無くなっても、出しゃばって「何か手伝うことはないか」と、現地職員の皆さんを掻き立てるような、負担になることはしないということ。そばに居るだけで、疲弊した職員の皆さんはそれだけで安心している。とのことだった。
日程の最終日には、とても残念なことがあった。トラックで数回にわたって廃棄物を搬入していたボランティアのグループが、村が決めた締切時間から数分遅れて運んで来てしまった。「ボランティアで来ているので、捨てさせてほしい」と言ってきたが、当然に村の指示で搬入を断ると、当人らは不満たらたらに現場を去った。一瞬、可哀想にも思ったが、現地の秩序を乱す行為をボランティアが行ってはいけないとあらためて感じた。被災した皆さんに対し、押しつけがましい行為、勝手な行動は負担となってしまう。手助けがほしいと求められたときに、そっと応えられるのがボランティアの本望だと思う。
最後に、西原村でともに行動した府本部、滋賀、徳島の仲間の皆さん、また、今回の支援活動を、事務局として支えられた中央本部、九州地連、熊本県本部の関係者の皆さんにはたいへんお世話になりました。ここに感謝の意を表します(自治労府職書記長・竹下)。
▲益城町内では被災直後の状況が続いていた。
▲阿蘇外輪山では複数個所でがけ崩れが発生していた。
▲西原村内の交差点「ひとつずつ、一歩ずつ・・・がんばりましょう」
▲西原村・災害廃棄物仮置場。見取図のように住民等の搬入を分別する。
〇西原村・緊急災害時ホームページ http://www.vill.nishihara.kumamoto.jp/
※記事の詳細は職場に配布している機関紙「自治労府職・号外(8月8日)」をご覧ください。










